平安顔の福助が生まれたわけ




私は福助、ご存知のように「福を呼ぶ置物」として有名のようです。年齢も生まれも忘れましたが、こちらのご縁は覚えています。
20年前、小さな町に住んでいました。私は袋にも入れられず「もえないゴミ」置き場に捨てられました。そこへ、車で通りがかったお父上とお嬢様。一度は通り過ぎ去りましたが、再度戻って来られ、私を見て“かぁわぁいぃぃ??、なんでこんなにかわいいモノを捨ててるの?”と、私を抱えて車に乗せました。ええ、それだけなんです。
お嬢様は古いものが好きですが、手入れ方法は無知。私の姿に…なんとなく彩色に問題があると思いませんか?とくに顔周辺。顔が命の人形に、ゴシゴシと洗剤を使ちゃったのでございますよ。“やめて???”と渾身の念を込めて叫びましたが、顔の色がすっかり白くなった頃に“あ、顔が平安!”と気づくうっかりさん。丁寧に施されていた眉毛・睫毛などの彩色は洗剤の攻撃に剥がれてしまい、私の顔は見事に「平安顔」です。福助、一生に一度の無念…。

こちらへ来た経緯が長くなりました。そろそろ自慢のルックスを見てもらいましょう。
福助人形の大雑把ルールは、「お迎えスタイル、下膨れ顔、おちょぼ口、福耳、肩衣・袴(青に白玉彩色)、紋は丸福、扇子、着物は黒地に模様は金色の格子の線」。地方に生まれた私も基本に忠実に作られています。頭でっかちが常ですが、私の場合作り手がハンサム主義だったのか、やや面長かもしれません。そのため耳たぶが異常に大きくても、全体のバランスを崩していないのが自慢です。




次にしっかり色も残っている後ろ姿。水玉模様も念入りに色づけされているのがおわかりでしょう。本人的には完璧なスタイルと思っていましたが、後ろ姿はイマイチかもしれません。




そしてサイドからの眺め。どうです、鼻の高さと福耳の絶妙なカーブの割合。これを黄金比と呼ばずして、何を黄金比と言うのでしょう。加えて陰影を助け
るように着物の袖部分に金の刷毛を一本流す。この塗りが単調な黒の色彩に効果的に作用しています。
職人気質の見せ所であるドット(水玉)も、要注目箇所です。正面肩衣と袴のドットは、着物の流れを考慮して細かく描いています。後ろ姿になると、一気
にドットの数が減りますが、流れに合わせていますので違和感はありません。
…が、ドットでは彩色の腕を発揮しているのに、袖部分の格子塗りの甘さが残念です。力の入れ具合が雑で、サッと筆を動かした経緯さえ見えます。ドットで精魂尽きたのかもしれません。

私の全容がお分かりいただけたでしょうか? 
座っているだけの毎日ですが、暑い日や寒い日、太陽が沈む気配、風の音、雨の匂い、時間はいつも同じではありません。こちらにお出での際には、どうぞお立寄りください。「平安顔」でお迎えします。




行武理加(イラスト・文)